小津安二郎『早春』デジタル修復版が見事なので久々に見直してみた。

小津安二郎監督の『早春』

2017年のデジタル修復版をアマゾンプライムの松竹プラスのチャンネルで観ることができます。

そしてこれがとてもキレイでした。

傷一つない、うっとりするようなツヤツヤした白黒画面の美しさ。

画だけでなく音もクリアなので、昔の日本映画にありがちな

何て言ってんのかよく聴こえない

ということもありません。

現代のまっさらの新作としても観れるような画質の高さです。

このデジタル修復の仕事は本当に見事です!

私は小津ファンです。

『早春』はあまり観てない方の作品だけど、それでも多分今までに3回は観てます。

でも、この画質のおかげでこれがなんだか新しい作品に生まれ変わったかのような新鮮さでもって観れるのがヒジョーに嬉しいです。

モスコ

デジタル修復、万歳!なのです

原題:早春 (1956)

監督:小津安二郎

上映時間:144分

あらすじ

東京蒲田の住宅地に暮らし、丸の内のオフィス(東亜耐火煉瓦)に電車通勤するサラリーマン正二(池部良)と妻昌子(淡島千景)は共働きであるが、子供を疫痢で失って以来、お互いにしっくりいかないものを感じていた。そんな中、正二は通勤仲間の1人である「キンギョ」こと金子千代(岸惠子)と、成り行きから一夜を共にしてしまう。2人の仲にただならぬものを感じた昌子は、正二を責めて家を出ていく。正二には部長から岡山県三石(映画では「姫路の先」とされる煉瓦工場)への転勤話が持ち出されていた。単身、そこに赴任した正二のあとを追って、ある日妻昌子が三石の社宅に来た。夫婦はそこでやり直すことを誓うのだった。高度経済成長前の東京のゆったりした風景のなかに、夫婦関係のデリカシー、サラリーマン生活の悲哀を描く。

 wikipediaより

 

モスコの採点:★★★★  4点 / 5点満点
見事なデジタル修復でさらにビビッドに味わえる、小津の(当時の)若者スケッチブック

 

スタッフ

  • 製作:山内静夫
  • 脚本:野田高梧、小津安二郎
  • 撮影:厚田雄春
  • 美術:浜田辰雄
  • 音楽:斎藤高順

おなじみ野田高梧との共同脚本。

なんでも野田の知り合いの若者たちとよく行動するようになって、できた脚本らしい。

彼らは20代〜30代のサラリーマンで映画と同じく、横浜から電車通勤する仲間たちで、よく一緒にハイキングにも出かけたそうです。

そしてなんと小津野田もなんどかそのハイキングに一緒に行きました。

いいネタあるなぁなんて、頭の片隅で考えながら、ハイキングしていたのでしょうね、2人とも。

そのおかげで、それまでにも、そしてこれ以降の小津作品にもない

「若者(20代〜30代)」世代中心の映画という稀なスタンスを持つ映画となりました。

キャスト

  • 杉山昌子:淡島千景
  • 杉山正二:池部良
  • 青木大造:高橋貞二
  • 金子千代:岸惠子
  • 小野寺喜一:笠智衆
  • 阿合豊:山村聰
  • 北川康一:田浦正巳
  • 田村たま子:杉村春子
  • 北川しげ:浦邊粂子
  • 阿合雪子:三宅邦子
  • 服部東吉:東野英治郎
  • 平山:三井弘次
  • 坂本:加東大介
  • 田辺:須賀不二夫

『早春』キャスト・感想

杉山正二:池部良

この何を考えているかわからない池部良がとてもいい。

とかく小津映画の人物は、自分がどう思っているとかどう考えているとか、とかく表面に表さないことが多く、この池部良も、何考えてんだか人に伝えることもなく、のらりくらりとやっている。

でも決してだらしがないとか、ちゃらんぽらんだとかそういうんじゃない。

ただ、表さないのです、自分を。

実際、あまりなにも考えていないのかもしれないけれど。

流されるように浮気をし、流されるように東京から岡山の山奥に転勤していく。

その様を人間模様の綾の中、見せていく。

最後の最後、岡山に奥さんが来てくれてやっと自分の言葉で話し出すのだが、そこで映画は終わる。

それが大変面白い。

その転勤を受ける、ということで、自分を表さずも話さずも、ちゃんと起こったいくつかの出来事に対してのリアクションを取っていることを感じられるから面白い。

会社の同期の死通勤仲間の1人との浮気仲間内の噂会社からの突然の転勤のすすめ。

脱サラしてバーを開いている昔の会社の先輩(山村聡)やそのバーにたまたま居合わせた客(東野英治郎)から、サラリーマンの悲哀を聞かされたり

定年退職したあとは退職金で小学校の近くで文房具屋をやろうと思っていてけど、それも叶わぬ夢だったと…。

「サラリーマンの31年間、儚いもんでした…」

といったようなもの。

その言葉を聴いている池部良の悲壮な表情は、先ほど亡くなった同期のお通夜での母親の言葉を聴いている時と変わりはありませんでした。

こういった人生の真髄をついたような、笑えそうで笑えないシーン作りが小津と共同脚本の野田高梧はうまい。

だけどね、この映画から63年後の2019年のニッポン。

今はその悲惨だと思われたサラリーマンの恩恵(年功序列)すら、もう廃れており、ある意味もっとお先真っ暗な時代だと言える面もありますね…。

杉山昌子:淡島千景

奥さん役の淡島千景もまたいい。

浮気相手の岸恵子に負けず劣らず強気に振る舞うのだけど、内心傷ついて、不安で。

それなのに悔しいけどまだ夫に惚れているというような。

これらのことも決して話さず、表さず、なんだけど、その微々たるリアクションや表情で感じられて好感の持てる役になっています。

ケンカして家を出ていくのですが、行った先が夫に先立たれて1人暮らしをしている女友達の侘しくも慎ましいアパート。

このシーンでは今までとは打って変わって生き生きとしている彼女の姿。

そこがいい。

テキパキと家事やってるのが、気持ちがこざっぱりとしたのがよくわかって。

思えば、夫・池部良とのシーンではほぼほぼ笑顔がないですからね。

金子千代:岸恵子

対して、浮気相手の”キンギョ”岸恵子はビッチな役。

小津曰く”ズベ公”(この言い方・笑)

再見して、浮気になるまでの展開が早くてびっくりしました。

浮気に至るまでの描写は、小料理屋の個室でのキス→翌朝、どこかの安宿の2人という、2ステップのみで描かれるスピードとミニマルさ!

小津はそこの描写に特に興味はなかったのでしょうね。

今の映画ならこここそを、丹念にくどくど描きそうという箇所ですが。

ここらへんの題材の処理の仕方が小津だなぁと思います。

さて、一度切りの過ち以来、冷たくなった池辺

通勤仲間=ハイキング仲間たちに「奥さんの気持ちを考えろ」などど釘を刺されて面白くない彼女。

奥さんがいる時にしゃあしゃあと家まで押しかけて、夜に2度押しかけ、連れ出して

「私から逃げてんでしょ、私知ってるのよ」なんてキンキン声で叫ぶんだから、おっかない。

最後、送迎会に遅れて現れた時も、ちょっとぞっとするし、その時、池辺に握手を求めるあたりも、ここから四国まで追いかける地獄のホラー編が待っていてもおかしくないような、そんなことを一瞬思わせるちょいメンヘラビッチ振りが、楽しい。

北側しげ:浦辺粂子

あとは淡島千景の母親役でおでん屋を細々と営んでいる浦辺粂子がやはりいいんだなぁ。この人はいつでもいい。どの監督の作品でも、小津でも成瀬でも木下惠介でもいい。

あの独特の声と間合いとで、娘に、観客に”しげ”なりの「人生」とはなんなのかを話してくれます。

なんでもいいんです。彼女が長いこと出て、長いこと話してくれるなら。

浦辺粂子の演技はくせになる。鶴ちゃんがマネするはずです。

画質がキレイなもんだから、浦辺粂子のうなじもキレイに見えてくるってぇもんです。

青木大造:高橋貞司

あとは”ノンちゃん”役の高橋貞司もいつものことながら、いい味出してますね。

「〇〇なんだ、知ってんだ」

というセリフの独特のおかしみ。

この映画の3年後の1959年に自動車事故で33歳の若さで亡くなってしまうノンちゃんですが、彼の熟年の演技を見られないのは残念でなりません。

きっと飄々としたいい味のおぢさんをしていたはず。

『早春』感想・まとめ

その昔、小津にハマりこんでいた20代の頃に好きだったのは王道とも言える

『麥秋』『秋日和』『東京物語』『秋刀魚の味』

だけれど、その頃よりも年齢を重ね、今好きなのは

この『早春』『東京暮色』『浮き草』『お茶漬けの味』『お早よう』

といった、ちょいと小津の王道路線からは外れるような作品ばかり。

だけどこっちにも確かにに”小津”がある。

この『早春』も20代の頃はストーリーに対しては特に感慨も持たなかった気がしますが、今観れば、非常に深く心に残るのです。

この映画の主役の夫婦の2人は若い。

30代前半あたりの設定だと思いますが、なにしろその年代だと1つや2つほど失敗したところで、やり直せる。それが若さのいいところ。

モスコ

しかし私も”30代前半”が”若い”と思うんだから、年を取りました

この夫婦は、夫婦の他にはなにもないようなところで、きっと再生する。

子供も新たに生まれるかもしれない。

結局のところ、”雨降って地固まる” というお話なので救われます。

「夫婦」、特に「日本の夫婦」もっといえば「昔の日本の夫婦」はミステリアスです。

欧米の人からすれば、とてもお互い愛し合ってそばにいるようには見えないでしょうね。

でもこの作品を観れば、夫婦が共に様々な経験をしながら、派手な表し方はせずとも1歩、また1歩と絆を静かに深めていくことがわかることでしょう。

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