2019年。小沢健二の復活に思うこと

”変わらない”けど”変わった”。”変わった”けど”変わらない”。

朝のTV番組「スッキリ」出演時。

あの頃と変わらないホワイトデニムにクラークスという姿を観て少なからず動揺する。

やっぱり今の小沢健二には“還ってきた”ということがポイントなんだと思う。

時間的にも場所的にも”ここ”にいなかった空白期がそこにはっきりとあるため、より”還ってきた”感が強い。

あの頃と”変わらない”けど”変わった”風貌、うた声、そして、うた。

”変わった”部分として感じるのは、存在が生き物として、より社会的にもなって強度を増していて、うたの説得力もさらに増し増しになっているところ。

”変わらない”ところとして感じるのは、社会的なんてこと全く関係ないとこで、こちらの胸の奥のほうの一番ふにゃふにゃなところに、おかまいなしにサッと飛び込んできて居座ってしまう歌詞を持つ彼のうたの力。

だからけっこう最強になってきているってことだと思ってる。

だから受け取るこちら側も、最高な気持ちになってる。

それはアルバム『LIFE』やその後のシングル群を聴いた時の多幸感と同じもので、そしてさらに強く、確かなものになっている。

それは小沢健二も私たちも、少なくとも数字的には随分大人になってしまった、ということが関係しているのかなぁとも思う。

 

そして番組の中で、顔をしかめながら自分が詰め込みに詰め込んだ言葉を、苦しそうに顔をゆがませながら「彗星」を歌う小沢健二の姿を観て、胸がいっぱいになる。

大人にも見えるし、あの頃のようにも見えたその姿。

今の彼がうたを歌う姿は相当かっこわるくて、相当かっこよかった。

「彗星」で歌われるように、番組中でアナウンサーが涙を流しながら語ったように、本当に1995年のあの頃と2019年の今がスーッとつながったように感じました。

いつかまたいなくなる、その前に

「書けるだけ書きます」

これからのことを訊かれて、小沢健二はそう答えていた。

あぁ本当に還ってきたんだと思ったし、いつかまたいなくなるとも思う。

番組内で彼はアメリカの家も残していると語っていました。

日本語の素晴らしさを自分の子供たちに知って欲しいから日本の学校へ行かせることを選んでの現在の日本住みだということ。

そのため8ヶ月は日本、4ヶ月は向こう(アメリカ)ということ。

つまり、子供たちの学校生活の切り替わり、または終わりで、またどっか行っちゃうかもしんない。未来は誰にもわからない。

”バランス”の重要性も言っていたと思う。

ただ、1つ言えることは、小沢健二は”しばらくは”まだ日本にいるだろうということ。

そして、そのいる間は「書けるだけ書く」ということ。

今は小沢健二が新しい曲やアルバムを作って、ライブをし、時にはTVなんかにも出てくれてというこの”世界線”をもうめちゃくちゃに祝福したい。

あの頃、小沢健二がどっか行っちゃって、なんともどうにもな気持ちになっていた自分に伝えてやりたい。

たぶん、あの人はまた還ってくるから、それまで自分の人生、ちゃんと楽しんで苦しんで、いろんなこと感じながら歩いていくんやで、って。

そうするとまたいつか出逢えるよ、と。

そしてまたいなくなる前に、きちんといろいろ感じてやっていきたい。

丁寧にどんくさく、傷ついて落ち込んで、ちょっとしたことにも喜んだりしながら、やっていきたい。

小沢健二の作るあたらしいうたといっしょに。

日常を少しでも面白く詩的に彩ってくれる、小沢健二に感謝します。