小沢健二『彗星』。あの熱量が帰ってきた!LIFE IS COMIN’ BACK!!

子供と一緒に寝落ちしている間に小沢健二の新曲配信とか。

とんでもねー時代になっちまったな!




ポップ・カルチャーが日々に与える影響

とにかく音楽とか映画とか、そういったポップ・カルチャーが人に生活に人生にどれほど影響を与えるか。

小沢健二はフリッパーズ・ギター時代から、80年代後半から90年代にかけてずっと、そして消えた後もずっとずっと。

まぎれもなく、自分の生活に、日々に、人生にとって、とてつもなく大切なもので大きなものでした。

そして2019年の「今」。

たった今も、この新しい曲で、私の日々をまた力づける、日々を歩く、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。

なくても生きていけるものが、私にはなくてはならないものになる。

感動が心を動かし、身体も動かし、思想も動かし、周りの人々にも影響を与える。

 

 

小沢は「愛」を「生きる歓喜」を届ける狂ったプリーチャー

小沢健二は狂ったプリーチャーみたい(いい意味で)。

プリーチャーとは教会で説教する牧師さんのことです。

この曲に特に顕著に現れていると思うのだけど。

愛を熱く説き、だんだん熱量を浴び、オーディエンスからも「イェー!」と飛んでくるような。映画で見たような。

ただアメリカの映画やドラマなんかで見る光景として、特に黒人系の教会での話だと思うけど、プリーチャーが言葉で煽って、その後クワイア(コーラス隊)が出てきて、メイン・ヴォーカルのシンガーの人が歌って、クワイアがコーラスつけて、観客も歌って踊って歓喜のるつぼ、みたいなものがあるけれど…。

小沢の恐ろしいところは、そのプリーチャーとシンガーとを兼ねてるってとこ。

そりゃあとんでもない熱量と情報量になるってもんだ。

「生きる歓喜」みたいなものを日本語でぎゅっと凝縮してゴスペル・クワイアの熱量でもって歌い上げる、人。

それが小沢健二。

その過剰な熱量と情報量のわけ

その昔。当時例えば「流星ビバップ」なんかだけでも、歌詞を早口で畳み掛けてて

他のどこにもないすごい情報量と熱量!

とか思って熱くなってたんだけど、この曲聴いた後に試しに聴いてみたら、すんごいのどかだった…。

年齢を重ね、人生の重みもさらに増し、昔からずっと歌い続けている「今ここに生きる奇跡」の刹那がさらに鋭く刺さるようになり、みんなに届けたいという気持ちもさらに強くなっているのだと思う。

強い気持ち・強い愛がさらに強くなっているのだ。

音楽界不在の時を過ぎ、2010年に結婚し、子供が2人生まれたことも大きく関わっているのだろうと思う。

そしてCDなどのフィジカルな流通を通り越して、すぐ形にできる配信、歌詞はSNSで届ける、といったスピード感も伴ってさらにその想いが強く、私たちにも届く。

まるで個人 to 個人 で届いたかのようなダイレクト感。

ジャケットのデザインも自分でしたと言ってるし、すぐ出したかったのだろう、この曲。

星野源の「Same Thing」の時も思ったのだけど、こういったゲリラ配信的なものをアーティストが意識的に使うとき、ジョン・レノンが言っていた言葉を思い出す。

いや、はっきり思い出せはしないんだけど、彼が言っていたことはだいたいこうです。

アーティストが曲を思いついて録音して、レコードにして、世に出るまでの時間が長過ぎ!1週間(数字は曖昧です)くらいでポンっと出せなきゃ。

ネット上にもその言葉が転がっておらず、ほんとにうる覚えで申し訳ありませんが、音楽業界の様々なしがらみや、構造などに縛られることなく、革新的な曲ができたらすぐ出して、みんなに一刻も早く聴いてもらいたい、みたいな趣旨の言葉だったと思うんですけど、それがこういったゲリラ的な配信だと半分以上叶ってそうなんですよね。

昨日まで存在すら知らなかった曲が、今日、自分にとってとても大切なものになっているしあわせ。

小沢健二の「1995年」

前のシングル「アルペジオ」も90年代を思い起こさせる曲でしたが、あれは映画の主題歌ということもあって、そういう企画の元作られたニュアンスが濃いと思います。

この曲には過去として「1995年」と、今/未来として「2020年」という年が歌詞に出てきます。

果たして小沢健二の「1995年」はどういう年だったのでしょうか..

  • (まず2ndアルバム『LIFE』は前年の1994年”夏休みはもう終わり”の8/31にリリース)
  • 1/1  「カローラⅡにのって」アルバム未収録
  • 2/28  「強い気持ち・強い愛/それはちょっと」のちに『刹那』に収録
  • 3/29  「ドアをノックするのは誰だ」『LIFE』収録
  • 5/17  「戦場のボーイズライフ」アルバム未収録
  • 11/8  「さよならなんて云えないよ」のちに『刹那』に収録
  • 12/20 「痛快ウキウキ通り」のちに『刹那』に収録
  • その間に全国ツアー「VILLAGEツアー」も敢行。 

と怒涛のシングルラッシュ。

しかもアルバム未収録曲がほとんど!

フリッパーズ・ギター〜ソロ活動とどんどん熱を帯びていくその音楽に私ももれなく熱狂し、その一挙手一投足に注目していました。

もちろんその時リアルタイムで買い求めた8cmの短冊シングルは今も手元にあります。

この1995年の小沢は最強だった、とも言えます。

最近Apple Musicに突如として現れた「強い気持ち・強い愛 (1995 DAT Mix)」ってのがあって、それも強力でしたね。

「彗星」の歌詞

そしてこの歌の主人公は、歌詞に「1995年」が出てくるように、「あの頃」を思い出し、回顧している。

1995年 冬は長くって寒くて

心も凍えそうだったよね

だけど、そのあとに「今」に続く歌詞が続く

だけど少年少女は生まれ

作曲したり 録音してる

僕の部屋にも届く

1995年に生まれた少年少女は今、というか歌詞で語られる2020年だと25歳。

四半世紀という時間の過ぎることの、重さ。

そして今のアーティストたちの音楽に、希望も繋がれているという思い。

 

真っ暗闇を撃つ 太陽みたいに

とても冴えた気持ち

グラス高くかかげ

思いっきり祝いたいよね

ここで涙崩壊しましたよね。

祝いたいよね フゥーー のとこも

ありがとう、という気持ちにもなりました。

それぞれの人生を、1995年以前も、それ以降も、生きて。

今がある、それだけで、その美しさ。

今ここにある

この暮らしこそが 宇宙だよと

今も僕は思うよ

なんて奇跡なんだと

 

自分の影法師を踏むように

当たり前のことを

空を横切る 彗星のように見てる

自分の影法師を踏む=生きている

「実存」ということをJ-Popの歌詞でこんなにも鮮やかにさらっと歌う。

実存していると、つまり普通に日々、生きてると、いろんなことが起こる。

その様をどこか空を横切る彗星のように見ている。

ここで時空間が一気に文字通り「宇宙」まで吹っ飛ぶ。

確かに、この曲を聴くと、この暮らしこそが宇宙だと思う。

 

 

この曲についてはまたゆっくり書ければなぁと思います。

この歌を聴きながら、「この暮らし」をしていこう。

とりあえず、今から明日の大型台風の備えしなきゃだ

どこに住んでる人にも、大きな被害がありませんように。

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