「Play A Love Song」宇多田ヒカル。飯食って笑って寝ようそうしよう

宇多田ヒカルのなんとも人間くさい大傑作アルバム『初恋』から出来れば全曲書きたいので、まず今日はシングルでもあった1曲目のこいつだ!

2018年4月25日 配信限定リリース

M-1 Play A Love Song

後にアルバム『初恋』に収録されるシングル曲が、2017年に先行して3曲リリースされていました。

その3曲は…

「大空で抱きしめて」

「Forevermore」

「あなた」

というもの。

そしていよいよアルバムリリースも間近か?というタイミング。

2018年4月に発表されたシングル曲がこの「Play A Love Song」です。

サントリーのタイアップ曲として

サントリー 南アルプススパークリング 「SWITCH & SPARKLING」のCMのタイアップソングとなっています。

サントリーのCM としては「大空で抱きしめて」(サントリー天然水)に続くものです。

雪とたわむれるヒカルちゃん。

衣装も風景も真っ白で、「雪山と宇多田ヒカル」という今までになかった組み合わせが、なかなか趣があります。

このCM中に撮影されたであろう写真(or 映像からのトリミング?)がこのシングルのジャケットになっているくらい、この曲とこのCMは縁が深いものになっています。

「歌詞がまだ一部しか存在していなかった頃のタイアップCMの撮影の最中に「長い冬が終わる瞬間」と言うフレーズが出てきた。」

ウィキペディア Play A Love Song より

という言葉からもわかるように、発注されてから作られた曲なのでしょう。

あとこのCM見るたびに、なるほど、英語で”サントリー”はこう発音するんだ!

と変なとこに関心しちゃいます( ◠‿◠ )

ちなみに2019年5月からCMは、こっちの新ヴァージョンになりました。

こちらも「MTB(チャリ)と宇多田ヒカル」という組み合わせがまたなんとも新鮮でいいですねぇ。

こっちも白フーディーで、やっぱイメージカラーは白なのです。

曲の感想

さてここからこの曲の感想に入りますね。

まずね、一聴して「いいっ!!!」って思いました。

それまでが、同じ路線の「大空で抱きしめて」を除いて、「Forevermore」「あなた」とすんごいクオリティの化け物みたいな2曲で攻めてきていたところに、ポンってこの曲ですよ。

この「Play A Love Song」はいい意味で非常に軽くて、そして明るい。

すごく外に開かれている曲だと思います。

風通しがいいんですよね。

そう、まさにあのCMのイメージですよね。

まずね、コーラスがヒカルちゃんの声じゃないのです。

ここ大きなポイントです。

ヒカルちゃんの曲で自分の声以外の声でコーラス入れたのって、それまでで知っている限りで1曲しかなくて。

その曲は2010年の「Goodbye Happiness」なんです。

イントロからゴスペルクワイア(ゴスペルのコーラス隊)みたいな女性コーラスが入ってて、かなり印象深いです。

で、それが、あんまりめずらしいことだったので、すっごい異物感だったわけで。

だって、それまでが100%宇多田ヒカル成分(多分)だったのですから。

もちろん曲として大成立しているので、あくまで慣れるまでの話ですけど。

でも復活後の宇多田アルバムは、そういった外部要素にも非常に柔軟というか、演奏も含め、開かれた作品作りに自然にシフトチェンジしていってるように思います。

なので、「Goodbye Happiness」ほど異物感はなく、というかむしろ自然で、ちょっとしたいいアクセントになっているというか。

この「Play A Love Song」の女性声コーラスもクワイアが歌ってる風なので、そういうコーラスが好きなんでしょうね。

曲の後半からこのコーラスが大きくフューチャーされだして、否が応でも盛り上がる!

「Goodbye Hapiness」と一緒のコーラス隊なのでしょうか。

ダウンロードで購入するとこういうパーソネル的なものが見れないのがイタイですね。

私は以前マドンナの記事でも書きましたが、なんとなくこの曲は、このコーラス、このタイトルで、「Like a Prayer」をどうしても強く思い出してしまう曲です。

ヒカルちゃんが弾いているであろうコード叩いてるゴスペル調のリズム・ピアノが熱いし、時々挟まれるエレピのピロピロ〜も効いてる。

この曲やアルバム『初恋』のエンジニア、スティーブ・フィッツモーリスらの『初恋』録音秘話を語るインタビューが掲載されているSONYのサイトがあります。

https://www.sony.jp/feature/products/180628

ここで、この「Play A Love Song」はヒカルちゃんのデモ段階のサウンドの多くが最後まで多く使われている曲だと明かしています。

いつか、宇多田ヒカルデモ集みたいなアルバム出してくんないかなぁ。

デモそのまま聴いても、いやデモそのものの方がパワーあるかもしんないよ。

大好きなアーティストならデモ聴くのもすごい喜びなんですよね。

その個人の作家性を如実にダイレクトに感じられて。

ビートルズとかキャロル・キングとか、もうデモで1つの作品ですからね。

ヒカルデモ集、切実に希望っす。

「Play A Love Song」の歌詞の感想

ではここから歌詞の感想です。

まず冒頭から心をグイッとこう掴まれます。

傷ついた時僕は

一人静かに内省す

深読みをしてしまう

君は不安と戦う

このねぇ

ひーとりしーずかっ にーなーぃせーぃすっ

ていうのがねぇ。なんともいいとこですねぇ!

まず 内省す にシビれます。

ただの 内省 だけでもポップスの歌詞に出てくるだけでワオってなる単語のに。

内省す ですよ。「する」んでもなく「」だし。

しかも区切り方が にーなーぃせーぃすっ だからまたシビれちゃうのです。

」を若干小さく発声してるから、ちょい英語っぽくてね。

音に乗せてるからこうなるわけですよね。

この言葉の音の乗せ方が非常に好きだし、センスを感じさせるポイントだと思います。

彼女が英語もネイティブだからこそ、ここまで自然に為せる技なのですが、この曲の歌詞は彼女の曲ではよくあるように、日本語と英語の歌詞が混ざり合っています。

ごーーーーく自然に。

J-Popの曲は英語が挟まれると、時にサビなんかだけが英語で歌い上げ系だったりする場合も多いわけですが、もちろん発音も日本語英語だし、音の乗っけ方も違和感満載なことが多いです。

そのなんともなカッコ悪さよ。

かくいう私も英語は昔こそ少しはかじりましたが、今全然忘れてるし、元々大した事ないので、偉そうなことはまるで言えない立場なのですが、でもね。

アメリカ/イギリスなどの英語圏の映画や歌などのポップ・カルチャーが大好きなわけです。

なのでずーっと子供の時から英語には頻繁に接してきているので、宇多田ヒカルがデビューした時には、「いよいよ日本でもこーゆー人が出てきたかぁ」と嬉しくなったんですよね。

こーゆー人っていうのは、英語/日本語の垣根を最初っからなんの問題もなくスッキリクリアしてる人ってこと。

かのフリッパーズ・ギターが全編英語で1stアルバムを作った時もびっくりしましたが、歌う小山田くんの発音がね、随分うまいけれどやっぱり日本人だったわけです。

でもそれで普通だったんだよ。

だけどね、普通に英語も日本語もネイティブな人がね、歌詞をうんうん考えて作る面白さ、が彼女にはあるんですよね。

自然と英語の部分と日本語の部分が混じり合ってる。

今更なにを、って話ですが、でも未だにそーゆー人、宇多田ヒカルの他にここまで大成功している人で現れていないでしょ?

未だに大事件のままであるわけですよ、宇多田ヒカルは。

さて歌詞に話を戻しますが…(えらい脱線したな!)

※ここから私の勝手な解釈&妄想に入ります

他の人がどうなのか僕は知らないけど

僕の言葉の裏に他意などないよ

というとこ、歌詞の内容そのものがいいなぁと。

もうね、言葉の裏に他意ある人多すぎなんだよ!と(自分含め)

なので、この「僕」が宇多田自身なのかそれとも相手の誰かなのか、多分はっきりとモデルがあるのではなく、ごちゃまぜで、さらにイマジネーションや現実をも混ぜて作り上げて、はっきり限定されないよう作っているんだと思うんですが。

こういう人、こういう事言ってくれる人、安心しますよねぇ。

癒されますよねぇ、このご時世に。

多分登場人物B(おおらかないい人)が、不安と戦って1人で内省してるから、A(繊細で心に傷を負っている人)が不安になってて。

でもBが僕の言葉の裏に他意とかないから、大丈夫だよ、的なこと言ってるのかなぁと。

で、このBがね(多分だけど)

悲しい話はもうたくさん

好きだって言わせてくれよ

Can we play a love song?

と言っている、とってもロマンティックで救いのある歌詞の世界なのかなぁと思ってます。

こんなこと言われたら、心に深い傷を負っている(と思われる)Aは、そしてリスナーも泣いちゃいますよね。

このBがAに語りかける言葉がこの歌の歌詞にずっとなってるわけなんですね。

なので、Bが仮に(仮にですよ!)仮モデルとしてヒカルちゃんの元?旦那さん、あのイタリア人の。

でね、繊細で傷を負っているAがヒカルちゃんだと。

仮にそう聞こえなくもないわけなんですよ。

少なくともリリース当時、私は仮モデルとしてそう聴きましたよ。

あぁ、そのおおらかさには惹かれるよなぁと勝手に1人腑に落ちたり 笑

でもね、おおらかであるはずのBがこう言いだすわけです。

僕の親がいつからああなのか知らないけど(大丈夫 大丈夫)

君と僕はこれからも成長するよ(大丈夫 大丈夫)

ここでね、反転するんですよ、この曲。

え?B誰⁉︎って。

親がいつからああなのか っていうのもすごいパンチ効いた歌詞ですけど。

このBは宇多田ヒカル自身である可能性も出てくるんですよ、ここで。

面白いですよね。一筋縄でいかなくて。想像も刺激されて。

果たして Can we play love song?  言うてるんは誰ですかー?って。

だけどそこは実はね、全然重要じゃないんです。

どちらも正解でどちらも正解じゃない、創造性があるわけなのです。

君と僕とはこれからも成長するよ って言ってくれるのが大事っていうか。

で、そのヒカルちゃんでもあり、元旦那でもあり(超勝手な想像!笑)、あなたでもあり、私でもあるBはこう歌って、ちゃんと歌を締めるわけです。

悲しい話はもうたくさん

飯食って笑って寝よう

Can we play a love song?

そうだよ、そうしよう。

それ以外に大切なことなんて、これっぽちもないよ。

Bが誰であれ、このヴァースを作れたヒカルちゃんに

よかったねぇ

って声かけたい気持ちでいっぱいになるのは私だけ?

すごい大正解にして、この曲の肝の部分だと思います。

飯食って笑って寝よう は。

そして前のとこで (大丈夫 大丈夫) って歌えているのも非常によかったなって思えます。

この (大丈夫 大丈夫) の部分。

昔読んだザ・フーのピート・タウンゼントのインタンビューを思い出させました。

ザ・フーの「A Quick One,While He’s Away」という曲があります。

まぁタイトルからも想像できるように、旦那がいない間に…って感じのお下品な内容の歌で、オペラ・ロックの形式になっているんですよね。

その曲、最後の方にね

You are Forgiven  

となんども繰り返して連呼するパートがあるんです。

そこをピートがライブで歌ってるとね

そんな真面目なつもりはなくて、ただのなんならふざけた歌詞だったんだけど、歌ってて自分で癒されていく、まさに歌詞のように自分が許されいくような感慨になるんだ

って、言ってたんですよね。

そこ思い出させてね。

この曲歌うたびに、宇多田ヒカル自身が癒されたらなぁと。

2018年のライブ映像作品である『Laughter in the Dark』でこの曲を歌っていましたが、その際MCで、「気持ちよくなりたくてこの曲を作りました!」って言ってたから、きっと大丈夫ですね。

作り手自身も、リスナーも元気に気持ちよく癒されるこの曲。

何度も何度もリピートし続けて聴いても、聴き飽きることがないです。

これらもきっとそうなのでしょう。

外の世界と成長していくであろう未来へとつながっている、素敵な曲です。

関連記事