『君がいた証』物語は終わらない。例え舵のない船に乗っていても

Rudderless-2

『君がいた証』

原題:Rudderless (2014)

監督:ウィリアム・H・メイシー

いっぱい泣いて、いろんな感情を刺激されて。

いい歌いっぱい聴けて、音楽の素晴らしさ、人とバンドを演る楽しさなんかも存分に感じることができて。

そしてある部分では、非常に考えさせられる。

映画が終わったあとも、ずっと。

生きる、生きていくとは、どういうことなのでしょうね。

完全に心を打たれました。

非常に良い作品に出会えました。

俳優ウィリアム・H・メイシーの初監督作品

ということで興味をそそられ、なんの前知識もなく観ました。

好きなんですよね、彼。

『マグノリア』とか『ファーゴ』とか面白うますぎな俳優さん。

WilliamHMacy

最近よく利用している、ひかりTVのザ・シネマチャンネルのオンデマンドで鑑賞。

サブスクでは現在 U-NEXT でご覧いただけます

(※2019年5月現在)

以下感想です。

「うた」はいいものとそうではないものの2種類しかないのかも

冒頭、一人、大学の寮で自作の曲を吹き込んでいる大学生。

その「うた」がとても、よい。

内省的なアメリカのシンガーソングライターの曲のような

少しオーセンティックなフォーク寄りの曲調で。

それから他にも何曲か吹き込もうとするが、他の曲それほどよくないと自然に感じたのですが。

それが、この大学生の男の子の限界を映し出しているのだけれど、余計によかったあの最初の一曲目が際立ってくる。

その1曲目は「Home」という曲で、この映画のサントラでも1曲目に配されています。

シンプルかつストレートに孤独な魂に寄り添っており、心打たずにはいられない。

本当の「うた」がそこにありました。

しかし、映画が始まってすぐその男の子は通っていた大学の銃乱射事件により亡くなってしまいます。

その男の子の父親がこの映画の主人公。

乱射事件後、酒に溺れ、無気力に生きていましたが、冒頭に書いた「Home」のデモを聴いて、息子の遺したギターで導かれるように弾き語りをしてコピーし出すのです。

今はいない息子のことを少しでも知りたくて。

イン・ザ・ガレージ

その「Home」という曲に導かれるように、

父親1人から、2人。
2人から、3人、そして4人へ。
「うた」の持つ力が、バンドも観客も
人をまた1人、また1人と集めさせる。

そして集まった4人が、ガレージで初めて音を合わせて練習しているシーンがとてもよい。

アメリカ人てば、今でも本当にガレージで夢を追いかけるんだな。

私が好きなバンドたちが必ずや通ったであろう道を、垣間見れるような喜び。

そして監督であるウィリアム・H・メイシー演じるオーナーが経営している音楽バーがあるのですが、そこのアマチュア・ナイトで個性豊かな素人ミュージシャンたちが演奏しているシーンも、またよい。

このようにアメリカでは、プロ、アマチュア関係なく

今も変わらず音楽が根付いている。

バンドはラダーレス(=舵のない船。映画の原題:Rudderless でもある)と名付けられ、その「うた」で観衆の心をどんどん掴んでいく。

演奏する方も、観る方も、よい「うた」にどんどん引き込まれていく。

その様にも涙が止まらなかったです。

眩しくて。

Rudderless3

※ここからネタバレあり

かなり要注意です。

映画の真ん中に、大ターニングポイント

映画は、ある時点から、一気にすべてがひっくり返ります。

今まで被害者と思っていた主人公サムの息子。

あの、「Home」を宅録していた男の子が、実は銃乱射事件の加害者だったという衝撃。

もう180度ぐるりと容赦無い。

前半、少し不自然な描写がいくつかあったけど、ここで腑に落ちさせられる。

パパラッチが主人公をしつこく追ってた意味も、パパラッチくさってるなぁと思っていたけど、そうだったのかと改めて納得させられる。

そりゃあ追うか。

大学構内乱射事件の犯人の父親なのだから。

いい「うた」だなぁと思っていたのに、どういう人間が作ったかを知った後は、聴いてると拒否反応が起き、嫌な気持ちが湧き上がってくる。

このことに自分で自分に驚きました。

こここそがメイシー監督の一番表現したかったことなんだろう。

つまり…

「うた」は一体誰のものなのか

いい「うた」はいい。

で、済まされない問題を孕んでいる。

誰が作ったか、でその「うた」の印象がコロッと変わるその危険性。

人は「うた」を聴くとき、どこまでの背景を取り込んで聴くのか。

そして、殺人者(それも6人も被害者がいる)の作詞作曲した「うた」に罪はあるのか、それともないのか。

「うた」に罪はある?

作品に罪はある?

自粛するべき?

親に責任はないのか

「うた」に責任はある?

そもそも責任とはなんなのか

昨今、日本でも話題になっていた問題ともある部分重なるところもあるこのテーマ。

もちろん罪の重さや、国の違い、それぞれの背景などいろいろと異なりすぎていて、同じ論調で語ることはできませんが、本当に考えさせられます。

そして答えはまだ自分の中には出ていません。

「うた」は一体誰のものなのか?

俳優陣の素晴らしさ

主役の抑えた演技。

ビリー・クラダップという俳優さんは恥ずかしながら意識して観たことはなかったのですが、演技も歌声もとても良いですね。

主人公サムはかなり複雑なバックグラウンドを背負ってしまうわけですが、彼自身の感情や考えなんかは、直接的には言葉では表現されません。

その代わりに、彼はいつも息子の形見であるギターを背中に背負って、口を一文字に結んで、その重み、悲しみになんとか耐え、時に荒れながら、時に思わずできた若い仲間たちとの人生を束の間楽しみながら、やりすごしているのです。

rudderless-Billy Crudup

そしてその若い仲間、主人公を舞台に上がらせた張本人の若者クエンティン。

演じるアントン・イェルチンの、心に残る演技とは思えないそれ。

ほんとにインディーズ小僧というか、音楽オタクというか、でもかなりウブでナイーヴな彼。

ほんとにインディーズ小僧というか、音楽オタクな空気をまといつつ、かなりウブでナイーヴな彼。

そのちょっとすっとこどっこいな純真さに笑わせられながら、グッときて泣きそうになります。

サムならずとも、自分の子供みたく世話を焼きたくなる愛すべき若者をリアルに演じています。

Rudderless-Anton Yelchin

彼、ほんとにバンドマンなんちゃう?ってくらいハマってましたが、れっきとした俳優さんなんですね。

しかも、アンソニー・ホプキンス主演の『アトランティスの心』のあの少年とな!

とか調べていたら悲しい事実に遭遇。

もう彼はこの世にいない人なんですね。

才能に溢れる俳優さんで、前途洋々な時に、事故で亡くなられたようです。

残念です。

あとは楽器屋の店長に、こんなところに驚きのローレンス・フィッシュバーン。

随分恰幅もよくなって、まさに町の楽器屋の親父。

いい味出して作品のアクセントになっていました。

あともう一人、特筆すべき人物が!

バンド、ラダーレスで4人目に集まった男が、ベーシストだったのですが、その役者さんが誰か、個性的なお顔を見て一発でわかりました。

我らがベン・クウェラーでっす!!

Ben Kweller 『Sha Sha』

2002年に突如として現れた、愛すべきポップマエストロ。

アメリカのシンガーソング・ライターであります。

写真貼った1stは心のベスト10第1位はこんなアルバムだった、っていうアルバムでした。

超名盤!

作中でも、フレーミング・リップスとソニック・ユースのライブ・ポスターが重要な小道具として使われていたり。

フェスにはウィルコやデス・キャブのベン・ギバートが来るから、彼にライブで曲を聴いてもらって、認めてもらえた日にゃあ!(ワクワク)みたいな会話もバンド内で出てきたりして。

私は特にベン・クウェラー、リップス、デス・キャブなんかには一方ならぬ想いを持っているので、そういう話題(話題どころか本人も)が出てくるのはヒジョーーにうれしかったです。

アメリカ・インディーズ好きにはたまらない曲が詰まったサントラ

Rudderless

冒頭の「うた」の「Home」は、父であるビリー・クラダップが歌うヴァージョンです。

これがまた良くて。

息子のナイーブさそのまま、受け継いだ(逆だ)親父のか細い歌声。

その「Home」と対をなしているような曲があります。

映画ラストで、同じくサムが息子の素性を明かし、彼が作った曲ですと歌う「うた」、「Sing Alone」。

サントラでも最終収録曲の「Sing Alone」はニルヴァーナのカート・コバーンのアコースティック・デモのような趣の曲で、これまたなにかと考えさせられるような曲ですね。

あとバンド、ラダーレスで演った曲や、劇中音楽の担当(あのオルタナ・カントリー・バンドのクレム・スナイド)のイーフ・バーズレイの曲も入っています。

そして先ほど書いたベン・クウェラーと息子の恋人役で出演している女優のセレーナ・ゴメスがデュエットした曲も入っています。

この映画を観た後はサントラをすご〜く聴きたくなってしまうのではないでしょうか。

実際、映画の世界に浸ることのできる素晴らしいアルバムです。

このサントラ、Apple Musicに無事あったので、今聴きながらこのブログを書いています。

物語は終わりを迎えない

映画は安易に、これといった解決策や答えなんかを用意することなく終わります。

観た人の心の中でもきっと終わりを告げない物語でしょう。

観ている間、何度も涙が止まりませんでした。

映画の前半は、子供を失った悲しみを背負いながら生きる親の悲しさが通底音にあって、それが一人の若者に何度も誘われて、そして「うた」を通して再生していく様に。

意味が180度変わった後半、自分が流していたあれはなんの涙だったのだろう。

確かに新しい感情だったのかもしれない。

それほど、今まで映画にはされていないような、タブーを含んでいる題材なのだ。

自分の息子がたくさんの人を殺めてしまった。

その子に対して、その親に対して、同情と言っては言葉が強すぎるし、嫌悪感もあるのだけれど、それでもなお、その心情を察して心が痛くなる。

主人公は若者に、諦めたら終わりだ、と。

それだけしかアドヴァイスできないと言って去りました。

サムもバンドを諦めかけていたクエンティンも、諦めずに続けるのでしょう。

それぞれの人生を。

『君がいた証』予告編




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