めまい(’58)ヒッチコックの切なくもいびつな純愛映画の傑作

ヒッチコックの映画は画的(絵的)にとても優れている。

この『めまい』はその最たるものの1つで、何度観ても、いや観れば観るほどとりこになってしまうような作品で、内容的にもその素晴らしさにおいても第一級の「これぞ映画だ!」「これぞヒッチコックだ!」と叫びたくなるような快作・または怪作・カルト作になっています。

2020年6月4日現在、Netflixにてめちゃくちゃキレイにリストアされたヴァージョンが観れます!

 

スタッフ

  • 監督:アルフレッド・ヒッチコック
  • 脚本:アレック・コペル、サミュエル・テイラー
  • 撮影:ロバート・バークス
  • 音楽:バーナード・ハーマン
  • 原作:ボワロー=ナルスジャック 『死者の中から』より

 

キャスト

  • ジョン・”スコティ”・ファーガソン:ジェームズ・スチュアート
  • マデリン・エルスター/ジュディ・バートン :キム・ノヴァク
  • ミッジ:バーバラ・ベル・ゲデス

初めてマデリンを”見る”レストランのシークエンスの素晴らしさ

ヒッチコック作品を目で心で観て喜ぶとはどういったことでしょう。

例えばこの作品ではジェームズ・スチュアート演じるスコティが初めてキム・ノヴァク演じるマデリンを初めて”見る”、アーニーズというレストランでのシーン。

どのテーブルも人で埋まり、ガヤガヤと賑やかな声も聞こえるのにその整った画の中にいるのと、的確に置かれて的確に動くカメラに捕らえられているせいで、ものすごく不思議な感覚に囚われる。これ以上リアルな画もないし、またこれ以上嘘くさい画もないように思われる。

そんな画の中に、真紅のビロードのような壁に囲まれ、嘘くさい人々の中に囲まれて一番奥に彼女はいる。真紅の反対色の緑のドレスを着た彼女。

(この赤と緑という対比色の2色はこれ以降露骨なまでに作品を彩るテーマ色としてなんども出てくる。緑がキム・ノヴァクのテーマ・カラー、赤は恋愛の情熱の赤とでもいったところでしょうか)

カメラが、スコティの視線となって、彼女の後ろ姿に吸い込まれるように移動する。

その彼女がゆっくりと動き、自分(スコティ)の方に近づく。

ちょうど自分の一番近くにきたところで真横を向く。彼女の横顔。盛り上がる音楽(この映画全編を彩るのはバーナード・ハーマンの最高なスコア)。現実ではありえないことが起こる。彼女の後ろの真紅の壁紙が一瞬ライトで光るのです。

そう、まるで人が恋に落ちたその瞬間を映像でそのまま視覚的に記録して表したみたいに。

(げんにことあるごとにスコティが彼女を回想するシーンでは必ずと言っていいほど彼女の横顔なのです)

あれほど彼女を捜査することを渋っていた彼が、一瞬にして次の場面では彼女の尾行調査を始めている。しかしこの言葉のやりとりのない”出逢い”のシークエンスを見せつけられたので、こんなに説得力のある展開はないでしょう。

『めまい』と『12モンキーズ』

そしてほとんどストーキングで覗き見で視姦的と言っていいような尾行の場面ではこの作品の舞台であるサンフランシスコの様々な名所が出てきたり語られるのが楽しい。コイトタワー、プレシディオ、ゴールデン・ゲート・ブリッジ、ユニオン・スクエア、そして至る所で坂道

車のフロントガラスから捉えられるサンフランシスコの街並み。高所恐怖症の男がサンフランシスコという高低差の多い坂の街に住んでいるという皮肉。

夢遊病的にさまようキム・ノヴァクに対するジェームズ・スチュアートの想いに呼応するかのように、そこから映画はどんどん加速して目が離せないものになっていく。

特筆すべきはやはり大樹セコイアが生茂る白昼夢的な森のシーン。

撮影場所はビッグベイスン・レッドウッド州立公園だそう。

この森のシーンが特別な理由の1つにこの『めまい』の孫のような映画、テリー・ギリアムが監督を務めた『12モンキーズ』がある。

作品中でブルース・ウィリス演じる主人公と彼を助ける博士を演じるマデリーン(!)・ストウ『めまい』を映画館で観ているシーンがある。スクリーンに映し出されているのはちょうどこのセコイアの森のシーン。

そしてそこからこの映画の展開は非常に『めまい』と同化していき、とうとうこの2人が変装してこの映画のキム・ノヴァクを模倣していくのです。

倒錯した映画から生まれる映画はまた負けず劣らず倒錯している。

『めまい』『めまい』なら『12モンキーズ』『12モンキーズ』

どちらも歪な哀しい愛の映画。私はどちらの映画も愛しています。

12モンキーズ より

『めまい』はサスペンスではなく恋愛映画?

しかしこの映画のキス・シーンは素晴らしい。

ジェームズ・スチュアートキム・ノヴァクも肉感的で生々しく、だけど刹那的でうつくしい。

ジェームズ・スチュアートも長い映画人生の中でこれほどまでに官能的な状況に身を任せたことは一度たりともないのではないでしょうか。抑えた中に異常とも言えるほどの情熱を見せる危うい演技が素晴らしいです。

ヒッチコックも人が悪い。あの善人を絵に描いたようなジミー・スチュアートに、おかしくなってしまうほど1人の女性を愛してしまう男性を演じさせてしまうのだから。そしてそこがまた倒錯的な魅力を加えてしまっているのだけれど。

そしてジミー・スチュアートをおかしくさせるのには十分と思わせるキム・ノヴァクの妖しさ、美しさ。

しかしどこにも存在しないのであれば、一体スコティは誰に何に恋をしていたのか。恐ろしい空虚さを我々の心に残し、映画は唐突に終わりを迎えます。

白昼夢の中に取り残されたような、あの深い大樹の森の中で永遠に迷子になっているような、そんな答えなんて決して出ない気持ちにさせたまま。

 

あと、そうそう。最後に忘れてならないのは、この映画3人目の登場人物、スコティに恋心を寄せるミッジ。演じるのはバーバラ・ベル・ゲデス

口に出して言いたくなるでしょ?バーバラ・ベル・ゲデスって。

彼女もとてもいい役者さんで。この映画でもスコティと大学時代以来よりが戻りそうでいいとこまでいっていたのに、キム・ノヴァクの登場に焦り、自らちゃかしたような絵を描いて呆れられ、失敗しちゃうんですよね。

その時の絵とか悔い方とかとても気持ち悪くていいんですね、哀れな女心がにじみ出ていて。


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